異なる信号の同時刻計測によるコインシデンス電子顕微鏡の開発

材料の性質は、材料に含まれる極微量の不純物元素に大きく左右されます。特に、様々な材料を組み合わせて作製されるデバイスにおいては、各材料に含まれる不純物の種類や量に加え、不純物がどこに存在するかという不純物の分布が、デバイスの特性を決める上で鍵となります。この、デバイスに含まれる不純物元素の種類・量・分布の情報をイメージとして得ることを元素マッピングと言います。近年の半導体デバイスに代表されるように、デバイス開発においては、構造・組成を原子レベルで制御することが不可欠となっており、新しいデバイスの開発においては、極微量の不純物元素の、原子レベルでの元素マッピングが必要となっています。そこで私たちは、原子レベルでの元素マッピングを可能とする新しい分析電子顕微鏡、「コインシデンス電子顕微鏡」を開発しています。

図1. コインシデンス検出法の原理
図1. コインシデンス検出法の原理
コインシデンス電子顕微鏡では、放射線計測の分野で広く用いられているコインシデンス(同時刻)検出法を、世界で初めて電子顕微鏡に応用しています。図1はコインシデンス検出法の原理図です。ある信号源αから信号A、Bが発生する場合を考えます。ある過程(過程 I )では、信号A、Bが同時に発生します。また、別の過程(過程 II )では、信号A、Bがそれぞれ独立に発生します。コインシデンス検出法では、これら2つの信号A、Bを、それぞれ検出器A、Bで検出し、信号A、Bを同時刻で検出した場合のみ信号とみなします。図1からも分かる通り、コインシデンス検出では、信号源αから過程 I によって発生した信号のみを選択的に取り込むことができ、過程 I と関係なく発生した信号、いわゆるバックグランド信号を大幅に低減することができ、微弱信号の検出に非常に有効な手法です。コインシデンス電子顕微鏡では、微弱信号の検出に有効なコインシデンス検出法を、極微量元素からの信号の検出に応用しています。

図2. コインシデンス電子顕微鏡の概念図
図2. コインシデンス電子顕微鏡の概念図
図2はコインシデンス電子顕微鏡の概念図です。通常の透過型電子顕微鏡を用いた元素マッピングと同様、試料に電子を照射し、試料を透過した電子によりマッピングを行いますが、信号の検出にコインシデンス検出法を応用します。今、試料として銀を含む試料を考えます。試料へ電子を照射すると、入射電子がエネルギーを失い、失ったエネルギーが、試料に含まれる原子から特性X線として放出される過程(過程 II )が起きます。これに対して、過程 II として、特性X線を発生させずに電子がエネルギーを失う過程も起こります。そこで銀の特性X線に着目し、銀の特性X線を検出した時のみ透過電子の位置信号をコンピュータに取り込みます。こうすることで、銀の特性X線を発生させてエネルギーを失った電子(過程 I )の位置情報のみを得ることができるため、試料に含まれる銀の量が極微量であったとしても、銀の元素分布像を得ることができることになります。

写真3. コインシデンス電子顕微鏡の概観写真
写真3. コインシデンス電子顕微鏡の概観写真
写真3は、現在開発中のコインシデンス電子顕微鏡の概観写真です。
図4が、写真3に示したコインシデンス電子顕微鏡を用いて実際に元素マッピングを試みた結果です。図4(a)に示した左下半分に銀が存在する試料に対して銀元素のマッピングを行うことで、図4(b)に示した銀元素の分布像が得られました。現在は、この元素分布像の取得時間短縮と像質改善を目指した研究・開発を行っています。

図4. 観察した試料の(a)模式図と(b)元素分布像
図4. 観察した試料の(a)模式図と(b)元素分布像
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