環境セルを導入した無染色生物電子顕微鏡の開発

透過型電子顕微鏡(TEM)は分子・原子レベルでの構造解析を行うために最も有力な手法です。近年では、生体試料を生きたままTEM観察したいという要望が高まっています。これまで多くのTEMによる生体試料観察が行われ、多大な成果を挙げてきましたが、それらの研究の多くは試料を凍結させるなどの手法を用いており、試料を固定した状態での観察となっています。これは、電子顕微鏡では電子を用いているため電子の通り道をすべて真空に保たなければならず、試料も真空中に配置されることになり、試料が凍結・乾燥してしまうためです。それに加えて、生体試料は軽元素(主に炭素)から構成されるため、透過型電子顕微鏡ではっきりとした像の観察が困難なため、多くの場合、重元素(ウランなど)で試料の観察したい部位を染色して観察を行っています。

これに対して、私たちの研究室では、生体試料を生きたまま観察することを目的とした「環境セル(EC)を導入した無染色生物電子顕微鏡の開発」に取り組んでいます。この装置では、ECと呼ばれる小さな空間を電子顕微鏡内に設け、EC内部に試料を設置し、EC内を大気圧に近い状態に保つことにより、電子顕微鏡内に生体試料が生存できる環境を作り上げ、生きたままの試料を観察することが可能となります。図1にECの模式図を示します。
図1. ECの模式図
図1. ECの模式図

ここで最も重要となるのが図1の隔壁膜です。隔壁膜には、電子線が十分透過できる薄さ(数十nm以下)が要求される反面、EC外部の真空とEC内部の大気圧の圧力差(1気圧)にも耐えられる強度が必要となります。我々はこれまでに、この隔壁膜(カーボン膜)の作製方法の最適化を行い、現在厚さ20nmで1気圧に耐えられる隔壁膜の作製に成功しています。

図2はECを備えた透過型電子顕微鏡試料ホルダーの外観写真です。先端部にECが組み込まれています。(a) 全体写真 / (b) EC部拡大写真
図2. ECホルダー
図2. ECホルダー

図3(a)、(b)にEC内のガスの流量・圧力を制御するために試作したガス圧力調整システムと、本システムを組み込んだ透過型電子顕微鏡(JEM-4000EX, JEOL)の外観写真を示します。本システムでは、生体試料観察に必要な飽和水蒸気を含んだガスを貫流させることができるだけでなく、他のガスも貫流させることができるように設計されており、今後、化学反応のその場観察などへの応用も視野に入れた開発を行っています。
図3. ガス流量・圧力調整システム(a)及びシステムを組み込んだ透過型電子顕微鏡(b)の外観写真
図3. ガス流量・圧力調整システム(a)及びシステムを組み込んだ透過型電子顕微鏡(b)の外観写真

図4は開発したシステムを用いて、EC内の圧力を真空と0.2気圧の状態で保ったときの電子顕微鏡の観察結果です。試料はTiO2の微粒子でガスは空気です。この観察結果から、開発したシステムを用いて0.2気圧下での生体試料観察が行えることを確認しています。環境セル内:(a) 真空 / (b) 0.2気圧の空気。
図4. TiO2微粒子のガス雰囲気下での観察
図4. TiO2微粒子のガス雰囲気下での観察
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