浮遊型超低速イオン銃の開発

近年の半導体デバイスの微細化技術の発展に伴い、シャロードーパント半導体など次世代のデバイス作製技術が不可欠となってきています。デバイス作製においては、作製したデバイスの評価が必要であり、最も重要な評価の一つとして、デバイスの深さ分析が挙げられます。これは、デバイスの多層薄膜構造やドーパントの分布などを調べるもので、作製されたデバイスの特性を大きく左右することになります。今後は、デバイスの微細化のため、原子レベルでの深さ分析が必須技術となります。

現在最も広く用いられている深さ分析法として、オージェ電子分光法(AES)、X線光電子分光法(XPS)や二次イオン質量分析法(SIMS)などが挙げられます。これらの分析法では、数keV以上のエネルギーを持つイオンを試料表面に照射して、試料を削りとりながら深さ分析を行います。数keV以上のエネルギーを持つイオンで試料を削ると、削り取られるのと同時にatomic mixing と呼ばれる現象が起こります。atomic mixing とは、イオン照射により試料表面数nmの深さにある原子が混ざり合ってしまう現象のことです。そのため、数keV以上のエネルギーを持つイオンを用いた深さ分析では、今後必要となる原子レベルでの深さ分析を行うことが不可能です。

この解決法として、もっとエネルギーの低い低速イオンを用いる手法が有効となります。しかしながら、これまで、超低速イオンを高効率で生成できる汎用のイオン銃は世の中に存在しませんでした。そこで私たちは、これまでの数keVのイオンに代わり、数十〜数百eVという超低エネルギーのイオンを用いた深さ分析法の確立を目指して、新しいイオン銃の開発を行いました。これが浮遊型超低速イオン銃です。
図1. 浮遊型超低速イオン銃の外観写真
Matsutani et al., J. Vac. Soc. Jpn. 43, 1126 (2000).

図2. 浮遊型超低速イオン銃の模式図
Matsutani et al., J. Surf. Anal. 7, 314 (2000).

図1は私たちが開発した浮遊型超低速イオン銃の外観写真、図2は浮遊型超低速イオン銃の模式図です。通常の低速イオン銃では高速のイオンを減速するために数メートルのビームラインを必要とし、非常に大きな装置となります。これに対して、私たちが開発したイオン銃では、写真からも分かる通り、全長二十数センチメートルと非常にコンパクトな構造となっており、ICF70と呼ばれる取り付けポートを用いて、汎用の分析装置への取り付けが可能となっています。浮遊型と呼ばれる所以は、図2から分かる通り、生成したイオンを引き出し電極(extractor)で高速で引き出し、その後レンズ系で減速するために、すべての電極を接地電位から浮遊させた設計になっているためです。

図3は開発したイオン銃の特性を測定した結果で、各加速電圧(イオンのエネルギー)でのイオンビームの半径と電流密度を表しています。イオンのエネルギー200eVにおいても、ビーム径は数mm、電流密度も約20μA/cm2と、他に例のない高性能が得られています。
図3. 浮遊型低速イオン銃の特性
Matsutani et al., J. Vac. Soc. Jpn. 43, 1126 (2000).

現在、開発した浮遊型低速イオン銃の深さ分析への応用を試みています。また、透過型電子顕微鏡用試料作製における試料作製への応用も試みています。
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